奈良かいわいでいい感じの方々にお願いしてゲストコラムをはじめました。
最初はオリヅル社sampleの前で見かけるロードレーサーでおなじみの嶋田さんです。

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 この冬、フランスへ行った。パリで開かれた、現代美術のルーツについての一大展覧会を見るためである。それまでの散財がたたって、渡航資金に限りがあった。しかも折からのユーロ高である。例年に比べて10円近く高い。しかし、展覧会の期間とぼくの休暇を考えれば、いま行かねばならない。これも仕事なのだ。


 フランスでの主食はパンにした。朝も昼も夜も。バゲットが一本50セントと安い。バゲットより一回り太いパリジャンで、60セントほど。ほかにカンパーニュも食べたが、1ユーロぐらい。日本円で言うと、今回はこれに146円をかけることになったが、ふつう135円ぐらいで計算すればいい。パリで友人に、とくに安いスーパー・マーケット、「フランプリ」を教えてもらったから、ここでパンを買ったが、これは失敗だった。普通のパン屋でもそう値段は変わらず、しかも美味いということが後でわかったからだ。アラブ人の肉屋で買ったパンの食感には、思わずうなった。期待していなかったのだが、皮がぱりっとしていて、中身のしなやかで歯ごたえのある噛み心地といったら。それで、このパンを食べてからコーヒーを、といつも思っていたのだが、フランスで普通にコーヒーを頼めば、エスプレッソが出てくる。これでは食後ゆっくりと腹を休めるためには、コーヒーの量が圧倒的に少ないのだ。一度、ルーヴル美術館の北にあるリヴォリ通りのスタンド・カフェで、クロワッサンとのセットを注文したが、この小型パンを食べるにしても、コーヒーが足りない。第一、ママゴト・セットのような小さなスプーンをカップに突っ込んでも、その先が十分に漬からないほどの分量だ。

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 万事が合理的なフランスでは、その量から各コーヒーの料金が決まるのだろう。飲みたいのなら、量のあるカフェ・オレでも注文すれば良いようなものだが、その金でさらにパンが買えるから、ぐっとこらえたわけだ。だが、限りある資金で滞仏2週間を生き抜かねばならない。ポケットの中の小銭をいつも確認しながら、カフェでコーヒーを飲んでいた。テラスでウェイターに注文すれば2ユーロちょっと。奥のカウンター(コントワー)で立ち飲みすれば、1.5ユーロぐらい。以前、ドイツでもオランダでもコーヒーをよく飲んだが、ほぼ同じ金額で、日本風のドリップ式で濃い目のコーヒーがたっぷりと飲めた。なのにフランスは、と当初思っていたのだ。でも、これは間違いであることに気付く。エスプレッソには、コーヒー豆の香りとコクがしっかりと凝縮されている。それでいて、腹にもたれないのだ。水分を取りたければ、水を別に頼めばよい。コーヒー好きにはこの飲み方が理にかなっている。コーヒーが本当に美味いのは、最初の一口か二口。残りは間をもたせるために飲んでいる。したがって、エスプレッソなら美味いうちに飲んでしまうから、コーヒーに飽きることがない。
カフェでコーヒーを注文すると、奥でガーン、ガーンと何かを打ち付ける音がする。エスプレッソ・マシンに残っているカスを、フィルター・ホルダーを振ってゴミ箱に叩き落す音だ。威勢がいいと言うか、無遠慮と言うか。スープやパスタは音を立てずに食べるのに、そのうちゴミ箱が壊れるか、器具が壊れるか、というほどの力で打ちつけている。さて、日本ではこれを洗うようだ。でも、渋がついた茶器は茶の風味を増す、と、この道の先達である中国人は言う。だから、きれい好きもほどほどに、と思うのだが。
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 旅の後半は、南仏のニースに移った。ここで泊まった安宿の窓口には飲み物の料金表が貼ってあって、コーヒーが90セント。これをダブルにしても1.5ユーロと格安である。パリでの節約が功を奏して、少し余裕ができたところだったので、好きなだけコーヒーを飲むことにした。大学生ぐらいの女の子に「アン・チッ・カフェ(小カップ)」と頼んで、受付前のテーブルで待っていると、奥でやはりバアン、バアンと打ちつける音がする。そのうち「ムシュー」と可愛い声で呼んでくれるのである。それを部屋に運んでゆっくりと飲むのだが、ひとつ困ったことがある。量が少ないため、冷めるのも早い。しかし、爺さんが受付をしていたパリの宿とは雲泥の差だ。そこにはコインひとつで飲めるコーヒーもなかったし、第一こういうささやかな色気すらなかったのだ。泊まる期間を初めに告げておいたし、後払いでよいと言われていたのに、いつのまにか日払いになっていて、通告もなく荷物を部屋から出されていた。そんなパリに比べれば、部屋で飲むコーヒーが冷めていることなんぞ。
ちなみに、ぼくが帰国したときには、1ユーロ、136円に下がっていた。
(嶋田)


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